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東京地方裁判所 平成5年(ワ)18227号 判決

主文

一  原告らの主位的請求をいずれも棄却する。

二  被告は、

原告甲野花子に対し、金一二〇万円及びこれに対する平成二年二月一八日から、

原告甲野松に対し、金二七〇万円及びこれに対する平成二年一〇月二八日から、

各支払済みまで年五分の割合による各金員の支払をせよ。

三  原告らのその余の予備的請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの、その余を被告の各負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

理由

一  主位的請求について

1(一)  原告花子は、夫の太郎が平成元年二月四日に死亡したことに伴い、太郎を引き継ぎ被告の渋谷支店と取引することになつたこと、

(二)  原告花子は、平成二年一月ころ、宮尾から紹介を受け、原告らが、被告から、請求原因2(二)記載のとおりのワラントを購入したこと、

は当事者間に争いがない。

2  右事実と《証拠略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  原告花子は、大学文学部を卒業した専業主婦(勤めに出た経験は皆無)であつて、本件ワラントの取引をした当時は四四歳前後であつたが、太郎死亡前は自ら証券取引をした経験は皆無であつた。また、太郎も、その死亡時、被告の渋谷支店に金預金を残していたものにすぎず、原告花子は、生前太郎から、どのような取引をしているのかについての説明を受けたこともなく、株の取引ではないとの認識しかなかつた。

(二)  ところで、原告花子らは、太郎の死亡によつて、一億二、三千万円の相続税を負担することとなつたが、これを二〇年の分納を選択した結果、若干の資金的余裕が手元に残ることになつた(もつとも、これも、数年先には納税に当てねばならぬものではあつた。)。

(三)  宮尾は、平成元年八月ころ、前任者を引き継ぎ、原告花子のもとに証券取引の勧誘に訪れることとなつた。当初、宮尾は、原告花子から、株式取引をして失敗した親族があり、そのような危険なものはやらないとの意向を伝えられたこともあつた。そしてまた、宮尾の勧誘に対し、同原告から、銀行より少しでも利回りのよい運用があればその方法を提案してほしいとの応答も得た。

(四)  このようにして、宮尾は、原告花子に対し、転換社債、選択型のオープン投資信託、株式等を紹介し、取引するようになつた。なお、その際、原告花子は、自らだけではなく、原告松を代理して被告と取引したものであつて(本件ワラント取引についても同様である。)、原告松自ら被告と直接接触したことはなかつた。

宮尾は、平成二年になつて、原告花子に対し、ワラントを紹介、その購入を勧めるようになつた。

その結果、原告松は、平成二年一月一二日グラフテックワラント94(USドル建)を購入し、同月一八日これを売却して七万五二〇八円の利益を得た。また、原告花子も、同年二月八日、12--1新日鉄ワラントを、次いで同月一五日小森印刷ワラントを購入し、右小森印刷ワラントについては同月二八日売却し、八万二〇八一円の利益を得た。

さらに、原告松は、同年五月一七日から一〇月二四日の間に前示のとおり三回にわたつてワラントを購入した。

(五)  原告花子は、宮尾から、株式取引ないしワラントの取引について、取引の都度説明を受け、その説明を受けた際には一応理解したつもりでいたが、結局は、その取引の詳細については十分な認識を持ち得ず、専ら、宮尾の勧めるままに取引していたのが実情であつて、原告花子側から、積極的に取引を求めてきたことはなく、前記ワラントの売却も宮尾の勧めに従つたものにすぎない。

3  以上認定の事実によれば、原告花子は、前記ワラントを購入した当時、ワラントが新株引受証券であつて、株価が権利行使価格を下回つたまま、権利行使期間の最終日を迎えると、そのワラントはその時点で全く無価値(紙くず)となつてしまうものであるのに、いわゆる元本が保証されているものであると誤信していた(前示のとおり、原告花子が、当初に購入してワラント二件につき数週間という短期間で数万円の利益を得たことによつて、右誤信はますます強くなり、後記のような宮尾の一通りのワラントの危険性についての説明によつてはこれを是正しえなかつたものと推認される。)ものと評価することができる。

そして、原告花子は、被告から、右誤信に基づいて、本件各ワラントを購入したものと認めるのが相当である。

4  しかし、《証拠略》によれば、〈1〉原告花子は日本経済新聞の夕刊を講読していたこと(その記事によつて十分ワラントの意味内容を理解する機会があつたと推認される。)、〈2〉原告花子は、被告から、平成二年四月ころ、通常の社会人であればワラントについて十分理解することのできる、平易な内容の「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」と題する冊子を受領していること、〈3〉しかし、原告花子が、自ら進んでワラントについて調査研究をした形跡は窺われないこと、が認められ、これらの事実に前記認定の〈4〉原告花子が大学教育を受けており、〈5〉その年齢(四〇代前半)等を総合考慮すると、原告花子が前記のように誤信したことについては、同原告に重大な過失があつたといわざるをえない。

5  したがつて、原告の主位的請求(契約の錯誤無効に基づく不当利益返還請求)は理由がないというべきである。

二  予備的請求について

1  株式やワラント等の証券の取引は、非常に投機性の高いものである(なかんずく、ワラントは、株式投資よりよりはるかに大きな収益をあげられる可能性がある一方で、ワラントが株価の低迷で紙くず同然になるおそれも十分にあるものである)から、証券会社が顧客に対して取引の勧誘をするときには、顧客の投資経験、資力及びその意向に最も適合した投資が行われるよう配慮することが望まれ(昭和四九年一二月二日蔵証二二一一号大蔵省証券局長から日本証券業協会長宛通達「投資者本位の営業姿勢の徹底について」参照)、証券会社は、このような各投資者の特性に照らして著しく不適合な方法・態様で勧誘をして顧客に損害を被らせることのないよう努めるべき注意義務を負つていると解するのが相当である。

2  ところで、前示のように、原告花子は、会社勤めをした経験のない専業主婦であつて、証券取引の知識・経験もなく、被告の担当者からの説明についての理解の程度も十分とは受け取れない状況(《証拠略》によれば、担当者の宮尾においても、右のような状況を十分認識把握していたことは明らかである。)にあり、しかも、それなりの不動産を相続したものの、一億円余の相続税を負担し、それほどの資金的ゆとりがあつたわけではないのであるから、そもそも、原告らは、投機的な証券取引の勧誘対象とされる適格を有していなかつたものといわざるを得ない

そうすると、被告は、本来、原告花子に対するワラント取引を勧誘することを避けるべきであつたというべきである。

そして、証券会社が、このような適格を有しない顧客に敢えてワラントのようなハイリスクな取引を勧誘する場合にあつては、単に当該取引の危険性に言及しその点についての理解を得るだけでは足りず、明確かつ詳細に最悪の場合にどのような事態になるかを説明し、その事態についての十分な理解をえさせた上、それを承知の上でなお取引するのかを確認すべき義務があるというべきである。

なお、被告は、ワラントには、少額資金によつて高収益を期待でき、リスクが投資金額に限定される等のメリットがあると主張するが、それは、投資資金を喪失してもこれに耐えうるだけの力のある者が、ないしはそれを承知で敢えて取引する者にいえることであつて、一般庶民にそのような割り切りを期待するのは相当でないというべきである。

3  以上のような観点から、本件を検討すると、被告(宮尾)の原告花子に対する説明には、右注意義務に欠ける点があつたと評価せざるをえないと判断する。

すなわち、宮尾は、原告花子に対し、ワラント取引を勧誘するに際し、ワラントに関する一般的な通常の説明をし、そのメリットだけでなく、その危険性--権利行使期間内に当該株価が権利行使価格以上にならない場合には、投資金額の全額を失うことになる--についても言及したものの、以前に扱つたワラントでゼロになつたことがなかつたことや、当時の相場状況からして、ゼロにはならないという方向へ力点を置いたこと、また、ワラント取引が始まつた後ではあるが、平成二年四月ころ、前示のとおりの説明書を原告花子に交付し、原告花子から、原告らそれぞれの名義で、右説明書の内容を確認し、自らの判断と責任において取引する旨のワラント取引に関する確認書に署名押印のうえ提出を受けたこと、右説明書には、わかりやすい表現で右危険性についても説明されていたが、特別その内容について説明がされたことも、危険性についての前記のような趣旨での念押し、確認がされたこともなかつた。

そうすると、宮尾の原告花子に対するワラント取引の勧誘には、少なくとも過失があつたというべきである。

したがつて、被告は、民法七一五条の規定に基づき原告らに生じた損害を賠償する義務を負うことになる。

4  前示のとおり、原告らは、被告からワラントを買い受け、原告花子において、二四五万七〇八九円、原告松において合計五四六万八二八七円を支払つたところ、買い受けたワラントを処分して原告花子が八万二〇八一円、原告松が七万五二〇八円の収益をあげているから、結局、宮尾の右不法行為によつて、原告花子は二三七万五〇〇八円、原告松は五三九万三〇七九円の損害を受けたことになる。

5  しかして、原告らは、本来、自己の財産は自らの力で維持すべきものであるところ、原告花子本人は、被告との取引につきほとんど理解できないまま、宮尾のいうがままに取引した旨供述するが、そうだとすると、そもそもの内容について十分理解できないまま(宮尾が原告花子を欺罔するような言動に及んだことは認められない)、安易に危険な取引をすることを承諾した点において、原告らにも過失があるといわざるを得ず、さらには、前示のとおりの、原告花子が調査研究を全くしたことがない落ち度をも考えに入れると、被告において賠償すべき損害は、原告花子につき一二〇万円、原告松につき二七〇万円をもつて相当とする。

三  以上によれば、原告らの主位的請求は理由がないから棄却し、予備的請求は、不法行為による損害賠償請求権に基づき、原告花子において一二〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成二年二月一八日から、原告松において二七〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成二年一〇月二八日から、いずれも支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 赤塚信雄)

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